柳鍼灸整骨院

腰痛や肩こりは品川大井町にある整骨院で
体に優しい整体、鍼灸治療、リハビリを

(完全予約制)TEL FAX 03-3777-7950 〒140-0014  東京都品川区大井1-7-7
トップページ 治療内容 適応症 診察時間・料金 Q&A 院長紹介 院長BLOG アクセス お問い合わせ
院長Blog
 

スポンサーサイト

 
 
  • 2009.01.28 Wednesday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク
 
 

一定期間更新がないため広告を表示しています


 
 

N社長

 
   
 
(前回より続く)
師走に入った頃、N社長から「兄貴、やりましたよ、今日のXX新聞の夕刊見てくださいよ」とメールが入った。早速新聞を買うとベッカムカプセルに関する小さな記事が載っていた。記事の論調は「世界でドーピングの対象になっていない酸素カプセルを日本で禁じるのはおかしい」というものであった。N社長は世界アンチドーピング機構(WADA)から「酸素カプセルはドーピング行為ではない」という文面を取り付け、その情報を新聞社に流したのである。N社長はまず突破口を開いた。

あとは日本アンチドーピング機構(JADA)がこれまでの見解を改めればよいのだが、JADAは「違反であるかないかを現在決められる段階ではない」というような抽象的なコメントを発表して逃げを図った。いい加減な判断を下しておきながら、時間を稼いであやふやな解決を狙うような役所的な手法である。ここでN社長は更に攻勢に出た。N社長はアメリカの製造元と連携して法的手段に出た。

年末に「兄貴、やりましたよ、各誌デカデカと載せてますよ」とN社長からメールが入った。
“ベッカムカプセル”法廷へ 「ドーピング見解で損害」という記事が各誌の3面に載った。10億円の損害賠償を求めるという内容であった。N社長の力強い次の一手である。損害賠償云々もさることながら、再びN社長が元気に営業で全国を飛びまわれる状況になってほしいものである。

私の机の引き出しには斎藤佑樹とN社長がオアシスO2の前でピースをしている写真が大事にしまってある。いい写真である。別に斉藤投手の生写真を大事にとっているわけではない。私はこの写真の中に、浮いたり沈んだりしながら必死に生きているN社長の生き様を感じる。「人間いいときもあれば悪いときもある。いちいち凹んでられませんわ」そんなメッセージを発している気がしている。

 
 

N社長

 
   
 
(前回より続く)
N社長は多忙を極めていた。西荻窪で開設した酸素サロンには2台のオアシスO2を置き、そのオペレーションをするバイトを雇い、社長自身は日本全国にオアシスO2の営業で飛びまわっていた。サロンで日銭を稼ぎ、カプセルの販売でまとまったお金を稼ぐ流れが出来れば素晴らしい。

多忙の中、久しぶりN社長に会うとN社長は中古のベンツで登場した。
 私「おーえらいのっけから景気えーみたいやな。いきなりベンツやないか」
 N社長「社用車の扱いで買ったんですが、こんなのは中古のおんぼろベンツですわ」
 私「そうか・・。わしも院を開業したときに社用車が必要やったから買ったが、ワンボ
ックスの軽自動車やったけどな。まあ悪いことは言わん、開業時は節約してキャッ
シュを握り締めておいた方がえーぞ」
 N社長「大丈夫っすよ」
N社長はよくも悪くも勢いの人である。

その後、N社長は奮闘するが、事業は一進一退を繰り返した。カプセルが売れればまとまったお金が入って来るが、毎月出て行く営業経費やサロン維持費の負担は小さくなかった。やはり自営業者には資金繰りの問題が常についてまわる。気が付くとN社長はベンツを手放し、若いサラリーマンの運転する車の助手席に座っていた。若いサラリーマンは彼が以前勤めていた会社の後輩で、舎弟のように仕えていた。

その後、思わぬアクシデントがN社長を見舞った。日本アンチドーピング機構(JADA)が酸素カプセルをドーピング行為に準ずるものと見なし北京オリンピック前に使用を禁じたのである。これは全くナンセンス話で世界基準の決定ではない。現にオリンピック期間中他国選手は酸素カプセルを使用していた。
当然N社長の事業は窮地に追い込まれた。大学野球の選手を始めアマチュアスポーツ選手が西荻窪の酸素カプセルサロンに通っていたのだが、一斉に来られなくなってしまった。またスポーツチームにカプセルをレンタルするサービスの予約もキャンセルが相次いだ。N社長はやむなくまずは西荻窪のサロンを昨年末に閉じた。

サロンを閉店する少し前に私がサロンへ遊びに行くと、N社長は例の舎弟を相手にお茶を飲んでいた。暇そうであった。サロンでゴロゴロしながら今後の事を聞いていた。
 私「どないや?」
 N社長「もう滅茶苦茶ですけど、何とかしますから。業界の人たちは「困った困った」
言うても何もしないんで、ちょっと僕が動き出しているんですよ・・・」
N社長はよくも悪くも勢いの男、また逆境にめげない熱い男である。このまま沈んでいる訳はなかった。次回に続く。

 
 

N社長

 
   
 
もう10数年来の付き合いのN社長という呑み友達がいる。良くも悪くも勢いのある男、人生浮き沈みの激しい男である。

Nは野球エリートである。広島の強豪高校で甲子園出場、その後S大学に進学し、大学4年生の主将時には元ヤクルトのO投手とバッテリーを組んで大学選手権では準優勝。球児としては最上級のキャリアとも言える。その後プロ野球の誘いを断りオリンピックを目指して、社会人野球・XX製鉄に進んだ。ここから不遇の時代を迎えた。私が出会ったのは社会人野球晩年の時期であった。XX製鉄を退社後、新興実業団チームの立上げに誘われて尽力したが、新興チームの運営が頓挫してしまった。気持ちを切り替えてビジネスの世界で頑張り始めたが、2度目の転職には失敗し、程なく小さな医療機器販売の会社に転職した。好きな野球から離れ、仕事も定まらずNの苦しい時期であったが、変わらず元気に酒を呑んでいた。Nは新しい会社で当時まだあまり知られていなかった「ベッカムカプセル(オアシスO2)」の販売を担当した。

Nは人脈を築いていく天性の能力が素晴らしい。年上の人からはえらくかわいがられ、後輩とはいつのまにか舎弟のような関係を築いてしまう。何か愛すべきオーラがある。Nは得意の野球人脈を中心に顧客を開拓し、順調にオアシスO2を販売していった。そして3年前の夏に「ハンカチ王子」こと早実の斎藤佑樹投手に行き着いた。この年の夏の甲子園で斎藤投手は3連投となった決勝戦で178球を投げても勝負がつかず、翌日も118球を投げて勝利した。最終回には147キロのストレートを投げていた。当然マスコミは「このスタミナは一体何なんだ」という話になっていた。そして翌日、その立役者としてNが民放4局のワイドショーにハシゴ出演していた。
Nはその年の夏の甲子園大会期間中、早実の宿舎にオアシスO2を持ち込み、斉藤投手はじめ選手達を毎日カプセルに入れていた。カプセル内は気圧、酸素濃度が高くて効率よく酸素を体内に取り込めるため疲労の回復に効果がある。実際に素晴らしい商品である。Nはみのもんたを相手にカプセルの効能、そしてどんな風に斉藤投手をサポートしていたかなど堂々と話していた。

その日の夜、私はNとささやかな祝杯を挙げていた。Nは見事に一山当てた。大会前の下馬評では早実は全くのダークホース、そして斉藤投手も別に注目の選手ではなかった。大会中にオアシスO2を宿舎持ち込む引き合いは他の強豪チームからもあったのにNは早実を選んだ。そして斉藤投手が驚異のスタミナを日本全国に見せつけた。呑みながら
私「しかしよく早実に狙いを絞ったな。物凄い嗅覚だな・・・」
N「いや、王さんなんですよ。今、胃がんで療養中でしょ。王さんは野球人からすると神様ですからこういうときは早実に勝ってもらわないかんと思ったんですよ。しかしこれも早実に話をつないで下さった○○さんのおかげです」
私「えー話や」
呑んでいる最中もマスコミや会社からひっきりなしにNの携帯に連絡が入っていた。
そしてこれを境にオアシスO2は爆発的に売れた。その会社では月間せいぜい5,6台しか売れていなかったカプセルは直後月間100台以上売れた。Nは会社から特別ボーナスを数百万受け取り、製造元のアメリカのメーカーからラスベガスにも招待された。Nは見事に浮上した。
その後Nは会社を退職して、オアシスO2販売事業、オアシスO2レンタル事業、酸素カプセルサロンを立ち上げ、N社長になった。
しかしながら・・・N社長は浮き沈みの激しい男である。次回に続く。

 
 

往診

 
   
 
週一回93歳のおばあちゃんのところへ往診に出かけている。もうじき一年になる。

およそ一年前、最初にお目にかかったときにはとても痛々しく気の毒な状態であった。腰を患っていらっしゃったのだが、寝返りも打てず全く動けない状態であった。高齢女性に多い骨粗しょう症があり、骨の変形が原因となって腰部の神経を圧迫しているのではないかという診断を整形外科では受けていた。なかなか厄介な状況ではあったが、いろいろな手を尽くしているうちにマイクロカレントという微弱な電流を使った治療が合ったのか、おばあちゃんは2ヶ月ぐらいで見違えるように元気になった。痛みから解放されて動けるようになったら、次に行うべきは筋力強化である。私は週一回往診の度に、雨が降っていなければおばあちゃんと散歩に出かけている。

93歳とは思えない程おばあちゃんはしっかりしているのだが、やはり耳はやや遠く、記憶は多少おぼろげない。半径15メートル以内の人が明らかに聞き取れるような大声で私は話しかけている。そして散歩中に交わされる会話とそのタイミングには定番がある。
・散歩開始後、約5メートルで
おばあちゃん「先生は大きいですね。何センチあるんですか?」
私「私は184センチあります。高校に入ってからすごく伸びました」
おばあちゃん「そうですか。いや〜大きいですね」
・散歩開始後、200メートルで
おばあちゃん「もうすっかり足が弱くなってだめです」
私「いえ、しっかり歩いてますよ。だめとか、そんなこと言わないで下さいよ」
・散歩開始後、約400メートルの商店街で
おばあちゃん「ここらへんは何売っているんですか?」
私「コンピューターの部品ではないですか」
おばあちゃん「私、コンピューターは全然わからないです」
私「私も全然分かりません」
これら定番パターンをいくつか経て、およそ1キロの散歩は終わる。
私は付き添いで歩いているのだが、私にとっても何か肩の力が抜ける心地いい時間とも言える。全く動けなかったおばあちゃんが元気に歩いている姿は嬉しいし、一緒にのんびり歩いていると何か優しい気持ちになれる。

私の母親は実家近所の養護施設で介護のボランティアーをしている。週2回半日ほど手伝っているのだが人手が足りず、もう一回来て欲しいと頼まれているらしい。しかし「さすがにしんどいから断っているのよ。私が介護受けてもいい年よ」などと言っていた。私は3年前にケアマネージャーの資格を取得し、介護現場で働いている人たちと共にケアマネージャーの研修を受講した。受講生は口をそろえて現場の人手不足を語っていた。介護の仕事は本当に大変な仕事だと思うが、社会に貢献できる素晴らしい職業であり、これからの日本には絶対に必要な「失業の極めて少ない」職業とも言える。

最近ニュースを見ていると、話題は徹底的に非正規雇用者の失業問題である。そのたびに私の頭の片隅には介護職のことが浮かぶ。求職中の彼らに介護の仕事を紹介すれば手を挙げる人は少なからずいるのではないだろうか・・・。住居を用意し、まずはヘルパーとしての職業訓練、資格取得の支援を行えば、いろんな人が助かるのではないだろうか・・。しかしながらニュースでは「農業、介護、医療分野の雇用創出・・・」と漠然とした内容の話以上は報じられてこない。政治、行政というのは単純に、迅速にものごとが進む世界ではないのは承知であるが、毎日繰り返される非正規雇用問題の報道を何とも歯がゆい気分で見ている。

 
 

明けましておめでとうございます。

 
   
 
本日より通常どおり診療しております。

正月休み中は中国・大連で過ごしておりました。連日、天才中国整体師の指圧治療を受け、旨いものを食べてすっかりリフレッシュしました。

本年も何卒よろしくお願いします。
ブログも今週からどんどん、いやちょこちょこ更新させて頂きます。

 
 

ご報告

 
   
 
長らく更新をせず、大変失礼しました。
今後のことを模索していました。気持ちが固まったので久しぶりに更新させて頂きます。

これまで院長業とフットボールコーチ業の両立を目指し、六年余り精一杯頑張ってまいりました。
人の健康にたずさわる治療家のお仕事には大きな責任とともに大きなやりがいがあります。そして患者さんが元気になっていく過程では喜びを分かち合い、私の方が元気を頂けるような幸せもあります。また鍼灸師として東洋医学の妙に触れ、それを生涯かけて探求していくことには奥深い愉しみがあります。
一方、アメリカンフットボールのコーチの仕事には選手・チームの成長にたずさわれる喜びがあります。学生時代には教員志望であった私にはぴったりの仕事だったのかと思います。そしてフットボールという競技の面白さ、のるかそるかのスリルに魅了されて早25年が過ぎました。
天職と思えるような二つの仕事に出会えたことは本当に幸せだと感じています。
しかしながら、この二年間はその両立に悩んできました。昨年富士通フロンティアーズに移籍し、この若い、伸び盛りのチームの一員として2シーズンを闘っていく中で「もう少しフットボールコーチの仕事に時間を費やすことができないものか」と感じることがとても増えてきました。フットボールコーチの仕事は練習フィールドでの活動時間よりも練習、試合に向けての準備や打合せに費やす時間が圧倒的に多く、その時間の確保がままならず悩んでおりました。
そして今シーズン終了後、いろいろ考えました。「院を閉めるか・・しかしそれでは私を頼りにして下さる患者さんに対して福田康夫と同じではないか・・・」等など。そして考え抜いた末、新しい両立の形に至りました。

来年2月より柳治療院は、高橋英樹院長をお迎えし、新しく「森羅 大井町はりきゅう院(院名予定)」へと生まれ変わります。高橋英樹先生は私が全幅の信頼を寄せる治療家であり、私が本当に心を許せる大切な友人でもあります。男子ゴルフ界の名だたるトッププロの治療を任されているだけでなく、東洋医学にも精通し、治療の引き出しの多い素晴らしい先生です。大井町の地でも多くの方々の健康のお役立って下さると確信しています。

私自身は非常勤の形で「森羅 大井町はりきゅう院」に関わってまいります。これまで私が治療をさせて頂いてきた患者さんにつきましては引き続き診療させて頂きたく存じます。常駐ではございませんので、ご予約を承る際に予約日時の調整を若干お願いする場合があるかもしれませんが、その折には何卒ご了承下さい。

この度の件、何卒ご理解頂ければ幸いです。そして今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

 
 

プレーオフ 第一ラウンド

 
   
 
私がアメリカンフットボールのコーチを務める富士通フロンティアーズが今週日曜日にプレーオフの第1ラウンドを迎える。鹿島ディアーズという強豪チームである。春の決勝戦で敗れた相手でもある。力強く、堅実な良いチームである。プレーオフというのは「負ければ一年が終わる」一発勝負である。一年間積み重ねてきたことの全てをぶつける闘いといえる。

フットボールのチームが勝つために、コーチと選手がすべきことは端的にまとめると2つ、「準備」と「発揮」しかない。日々の活動を通じて、体力・フットボールの技術を向上させる、またチームの戦術を整備するというような「準備」。そしてその「準備」してきたものを3時間余りの試合の中で「発揮」するということである。当然「準備」の段階にも「発揮」の段階にも心の強さが大切である。

試合で「発揮」するのに大切なのは「信じる」心の強さである。まずはここまで必死にやってきた「自分自身」「自分の積み上げてきた技術」を信じて力を出し切ること、そして共に闘う仲間を信じること。自分自身が苦戦しているとき、チームが苦戦しているとき、そこでぶれない強さが必要である。

結局、試合では「自分たちの力を出し切る以上のことは出来ない」のであり、どうやって出し切るかが勝負である。相手あっての勝負事ではあるが、本来向き合うべき相手は自分たち自身とも言える。
結果は後からついて来るものである。日曜日は「これが自分達の積み上げてきたことの結果なんだ」と納得の出来る闘いがしたい。
そして試合後には旨い酒が呑みたいものである。2杯縛り(酒を種類問わず2杯以上呑まないという誓い)を敢行している。勝利の暁には午後6時〜10時まで解禁と決めている。

 
 

プレーオフ

 
   
 
私がアメリカンフットボールのコーチを務める富士通フロンティアーズがリーグ戦4連勝でプレーオフトーナメントへの進出を決めた。

まず先制し、得点されたら突き放し、最後にダメを押す理想的な展開で勝利することが出来た。しかしながら手放しに喜べる状態とは全く言えない。唸ってしまうような素晴らしいプレーが連発することもあれば、あり得ない凡ミスも連発する。ここらへんが本当に課題である。

一方、プレーオフと言えば、阪神タイガースが敗れ去った。2位・巨人に13ゲームをつけながら「メイクレジェンド」なる歴史的なV逸でプレーオフにまわり、1stステージで中日に敗れた。
ブログでボヤキや批判めいたことは述べるべきではないと考えているのだが、今回だけは言いたい。
「岡田、おまえはアホか!」
巨人が逆転優勝した日も、私は「しかし巨人もよくひっくり返したもんやな。まあ、これは気合の入ったプレーオフで久々に面白い伝統のGT戦になるな・・」と感じていた。あきらめなかった巨人は賞賛に値する。しかし翌日、岡田が福田康夫になっていた。こんな時期の引責辞任発表など、すねて投げ出したようなものである。まだ終わっていない、次勝てばいいのだ。こんなときこそ、ガハハと笑って「ジャイアンツの皆さん、おめでとう。この借りはプレーオフで百倍返し、野球人生命を賭けて4タテします」ぐらいのことを言ってみろと。
文章を書きながら、血圧が上がってきた。タイガースのことはもういいだろう。

11月3日にリーグの優勝決定戦。そしてプレーオフ。楽しく、そしてミスに対しては厳しく選手達と頑張っていきたいものである。

 
 

最近

 
   
 
ブログ、完全にさぼってしまった。
ブログを始めてまもなく二年。「石の上にも三年」とも言う、頑張ろう。

さて最近の出来事・・・。

★朝晩がめっきり涼しくなってきた。先日はタオルケットに包まり眠った。夏の闘いが嘘のようである。「自宅エアコンを一切使わずにひと夏を越す」挑戦(http://yanagiseitai.jugem.jp/?eid=86)が完結した。自宅に帰るのが憂鬱で近所の飲み屋で涼むこともよくあった。「そんなアホな意地張らんでえーやないか?」と友人には言われたが、決めたことをやりきるのは気持ちよい。

★以前ご紹介した「たこ焼き屋」の続編である。この「たこ焼き屋」のお話(http://yanagiseitai.jugem.jp/?page=2&month=200805)はご好評を賜り、ブログをチェックして下さっている方々から「えー話やった」とか「今度是非行きたい」と言った感想を頂く。
このたこ焼き屋が最近は昼前からビラまきを始めた。今度はランチ営業を始めたのである。深夜3時頃に店を閉めて、12時前にはまた営業開始である。先日、昼どきにたまたま前を通るとおじさんとばっちり目が合った。入店しない訳にはいかない。メニューは北海道のハラス定食、生姜焼き定食、シーフードカレー定食などなど・・・。「北海道のたこ焼きで勝負を賭けに来た」というおじさん達も一本勝負は厳しく、最近いろいろレパートリーを広げているようだ。自営業は甘くない。四苦八苦しているのであろう。
私が「いよいよランチですか。頑張りますね。ランチ営業まで始めると大変でしょう」と話かけると、おじさんは「いや〜昼頑張ると夜来てくれますから。その壁見てくださいよ。焼酎のボトルキープなんですけど、この前100本超えたんですよ。1本1500円なんで幾らも儲かりませんが、常連さんがしょっちゅう顔出してくれるのは嬉しいですね。今、仕事が楽しいんですよ」と答えた。多少余裕が出来てきたのか以前より言葉数が増えた。おじさんも一生懸命頑張っている。

★私がアメリカンフットボールのコーチを務める富士通フロンティアーズがリーグ戦序盤3戦を3連勝で終えて、いよいよ終盤に入る。ここからが勝負。
「いい準備をして試合に臨む。そして練習してきたことを発揮する」楽しい季節である。

駆け足で最近のご報告でした。

 
 

シーズンイン

 
   
 
私がアメリカンフットボールのコーチを務める富士通フロンティアーズが14日に緒戦を迎え、60−14で勝利を収めた。日本一を目指しての戦いが始まった。

スコアだけ見れば大勝ではあるが、非常に課題の多いゲームである。とても頂点を目指しているチームだと言えるような内容ではない。確実に得点できる決定的な場面や確実に相手ランナーを仕留められる場面で決められない。そして凡ミスが発生する。なかなか思い通りにいかない。

「勝てるチーム」を作るのには妥協のない厳しさが必要である。強豪チームとしのぎを削る、のるか反るかのゲームではほんの小さなことが勝敗を分けていく。相手よりも一歩早く反応できたか、相手よりも10cm低く当たれたか、ボール一つ分外側にパスをコントロールできたか、自分の手にボールがまさに収まるその瞬間までボールから目を切らない・・などわずかな違いが大きくゲームの流れを変えていく。そんな細かいことにこだわりを持って日々練習し、試合に臨まねばならない。試合での不注意な凡ミスなどは論外である。まだまだ甘いということがよくわかる試合であった。

昨年の決勝で惨敗して「勝てるチーム」になって、みんなでもう一度決勝の舞台に戻ってきたいと心底感じた。この思いはどうしても遂げたい。今が正念場、妥協なく強い意志を持って引き続き指導していかねばならないと感じている。

 

トップページ 治療内容 適応症 診療時間・料金 Q&A 院長紹介 院長Blog アクセス お問い合わせ