後輩のS社長が肩を痛めて来院していた。そして治療の合間に近況など話をしていた。最近S社長が経営する会社も社員が増えてオフィスが手狭になり、オフィスを変わろうとテナントを探していた。しかしなかなか適当な物件がなく苦労していた。家賃予算20万程度で探しているが苦戦中。以下、私との会話。
S社長「30万も出せばいいのがあるんですが、20万となると建物も汚くて冴えない感じなんですよ。社員の士気も上がらない気がして、踏み切れないんですよね。」
私「たかが10万の違いやろう。10万で社員が気持ちよく働けるならば安いもんや。10万多く稼げばいいだけやないか。社員の士気は大切や。そんなもん、いかんかい。」
全くもって無責任な喝である。30万は現状家賃の倍以上である。しかしこの喝がS社長の心に刺さったらしい。数日後S社長は眺めのいいお洒落なオフィスを借りた。
そんな事もあり、先日引越し祝いをもって新オフィスに顔を出した。「あの時に柳さんに背中を押してもらってよかった」などと感謝までしている。かわいい奴である。S社長は巷のセレブ系イケメンIT企業社長とは対極にある飾り気のない庶民的な社長である。その日は昼飯に焼きそばでも食ったのであろう、前歯に青のりがついていた。
このS社長は何もないゼロの状態から始めたビジネスを不器用ながらコツコツと地道に形にしていくところが素晴らしい。そしてある程度形になっても怠けず、次なる挑戦をしていくところがえらい。
10年程前にいきなり内縁の妻と「和食系呑み屋を始める」と言い出した。2人とも素人だし大丈夫かと周囲は思ったが地道な営業努力が実り、また近隣で行われていた庁舎建設のために出入りしていた建設関係の業者の接待場となったのも功を奏して、この店は繁盛した。軌道にのって間もなく「鎌倉に雰囲気のいい和食の店を出したい」とおつなことを言い出した。繁盛していた店をそのまま人に売り抜き、この店で蓄えた資金と借金で今度は鎌倉の大通りに自宅兼店舗の趣味のいい屋敷を建ててしまった。この店も今やJTBから鎌倉ツアーの昼食企画に組み込みたいとオファーがあるなど、順調なようである。
現在やっている教育関係サイトのビジネスも頑張っている。2年程前に立ち上げたのだが、S社長は教育にもITにも全く明るくなかった。その頃よく呑み屋でS社長のその事業にかける熱い思いとビジネススキームについて話を聞いていた。非常に面白そうな話であったが、決して簡単なビジネスではなさそうだった。しかしこのサイトも最近なんとか軌道に乗りだした。
見ているとこの男は困難な場面に出くわしても「なんとかなるだろう」とか「やってみないとわからん」と考えて、果敢に挑んでいく。そしてよく勉強する。
そう、多くの場合「やってみな、わからん」のである。にもかかわらず、何かに行き詰まった時や後ろ向きな気分の時には「やれない理由」が頭の大部分を占めてしまう。私にも正直そんな時がある。よくないことである。
やれない理由を考えるより、やれる方法を本気で考える人生の方が楽しい。そんな人は生き生きしているし、周りの人間にも知らないうちに元気を与えるのであろう。S社長は生き生きしている。
とある後輩が以前スピーチでこんな言葉を紹介していた。
本気ですればたいていの事はできる。
本気ですれば何でも面白い。
本気でしていると誰かが助けてくれる。
S社長が困っているときには力になってやりたいものである。