後輩Yが証券マンに転身し上京してきた。この男は面白い。彼の歓迎会とS校長の就任祝いを兼ねて3人で呑んだ。
後輩Yは私の大学のアメリカンフットボール部で3つ下の後輩であり、就職も私が勤務していたリクルートに入社した。彼は4年間、私は7年間勤務してリクルートを退職したが、最後の2年間は同じ部署で共に営業マンとして働いていた。先輩の私から見ても彼は本当に優秀な営業マンで、いつも手際よく商談をまとめ営業成績は常にトップクラス、にもかかわらず大して残業することもなくさっさと退社するスマートな働き方であった。そんな彼が突然ログビルダーになると言って会社を辞めた。ログビルダーとはログハウスを建てる職業で、木こりと大工を合わせたような職人である。チェーンソーを車に積み、日本全国の山間の村に赴いてはログハウスを建ててまわる仕事である。ひとたび建設現場に入ると、独り黙々と丸太を加工し、2,3日誰とも話をせずに過ごすこともよくあるらしい。またその生活ぶりも、夏場の仕事後にはシャワーの代わりに渓流に浸かって体の汚れを落として帰るようなワイルドな感じである。もともとアウトドア系の男ではあったが、徹底的にその方面に突き進んでいた。そんな彼が今度は社員60人規模の証券会社に就職した。
当然「なんでや?」という話になる。彼はかねてより資産運用をしていたらしい。自営業は退職金もないし、当然老後は不安なものである。ここらへんはしっかりしている。彼は結構な勉強家、読書家で一日一冊ぐらいのペースで毎日本を読みきってしまう程である。そんな彼がまじめに資産運用の研究をしていく中、ちょっと参加したセミナーで、とある社長の経営理念・将来構想に物凄く感動し、その社長が思い描く構想を是非手伝いたいと申し出ると、今すぐ入社しろという流れになったらしい。この男の決断はいつもスパッとしている。新卒時のリクルートへの就職、早い時期でのフットボール現役引退、ログビルダーへの転身。そんな場面に立ち会ってきたが、彼は昔から「熱い気持ちをもって打ち込む」という自分の軸がしっかりしていて、それに正直に生きている。
話題が全く絶えることなく楽しく呑んでいたが、その中で彼は「どうも僕は飽きっぽいというか、いろんな事がしたくなるんですわ。一つのことを極める方がいいのかわからんのですが・・・」と言っていた。その隣ではS校長が頷いていた。この二人はある部分似ている。
12年に及ぶログビルダーの生活から証券マンに転身する後輩Y、起業した会社の社長を辞して教育現場に転身するS校長、全く畑の違う二人であるが、私は彼ら二人の「学ぶ」姿勢と「謙虚さ」にすごく共通するものを感じる。そしてそれらが彼らの人生の選択肢を増やし、人を惹き付けていくのだと思った。
ちょっと前に患者さんから教えてもらった素晴らしいフレーズがある。
“無知の知”と“無知の無知”
“無知の知”とは
「自分はいまだに何も知らないということを知っているということです。
知らないということを知っている人は、謙虚だから、いつまでも学ぼうという姿勢を崩さない。
何よりも他人に偉そうにしない。そして、挑戦的な目ではなく、優しい目をしている。」
“無知の無知”はその反対で
「自分が何でも知っていると思い込んでいて、人を上から見下して、
頼まれもしないのに、いつも教えてあげましょうと言わんばかりに話をしてくる人。
当然、いつも教えてあげようという姿勢が会話の端々に現れる。」
彼らと呑んでいると心地いいのは「無知の知」から来る、一生懸命さ、謙虚さ、そして逞しさと優しさを併せ持った雰囲気を醸しているからだろう。